今朝、なにげに新聞を見ていたら、どうでもいい社会面の記事の中に、知人(仮にAさんとしておく)の名前を見つけてしまった。
「見つけてしまった」という書き方は、すでに喜ばしい記事ではないことを行間に滲ませているが、事実、その記事は誠に残念な内容だった。
Aさんは、10年以上も前に仕事の関係でとてもお世話になった方で、いまも私が勤めている業界の奥深さ、幅広さ、ものの考え方の要諦などを約1年ほどかけて教えてくれた恩人の一人である。立ち振る舞いがとても個性的で、ブレない人だった。
社会には、
言葉は多少悪いが「おそらく出世はしないだろうが、キモはキッチリおさえている」タイプの才人がいるが、その頃、経験の浅かった私にとって、Aさんはまさにその筆頭であり、すべからく異質であり、明晰な思考(に見えた)には、ちょっとした畏れすらいだいていた。周りの評判もそんな感じで、Aさんがサーッと動くと、大抵のものごとは解決されていった。知を武器にしてサラリー以上は十分に貢献している、だから自らの個性への介入は許さない、私生活はほっといてくれ、と背中で語るような人だった。
そんな出会いから時間は経ち、濃密な約1年を過ごして以降、Aさんに会うことは2~3年に一度の割合になっていた。最後に会ったのは、たしか昨年の夏頃だったと思う。私がAさんの職場を訪ねて、5分程度会話をした。なんだかとても青白い顔をしていた。その事務所はクールビズ仕様になっていて、周りも軽装でいたのだが、Aさんは軽装というよりは、それをはるかに超えた、夜中にコンビニに行く若者のような場違いな色のポロシャツを着込んでいた。青白い顔色に派手なポロシャツの色。何か気ぜわしい、職場には似つかわしくない、物騒な感じがした。
記事によると、どうやらAさんは一般常識を超えて、色々とシデかしたらしい。
昨夏に訪ねた事務所でAさんに会うことは、もうないだろう。
たとえば、雑踏の街で、Aさんと不意にすれちがったら、私は声を掛けることができるのか。
いまの私には、明確な答えが見つからない。
0 件のコメント:
コメントを投稿