2014年9月5日金曜日

小さな恋のメロディ(またも道東へ2)

道東某市を訪ねた2日目、
我々先遣隊は、次々と予定された日程をこなしていく。きわめて順調だ。
これで、ひと月後の再訪には、何の憂いもない。
もはや準備は整ったといえるだろう。

勤務?終了後、その日の晩は、老舗の居酒屋で疲れを癒す。
風貌が「阿佐ヶ谷姉妹」(版権問題が怖いので各自調べてください)によく似た、しっかり者の女将さんたちが仕切る店だった。予備知識が全くなかったが、入りきれずに何組も帰るほどの人気店のようだ。久々に芋焼酎「赤兎馬」のロックをクイッといただく。たしかに料理も酒も美味かった。

なんでも今宵は、俺が嫌いな某新聞社主催の花火大会が行われている由。そういえば、浴衣の若者がずいぶんと行きかっていた。昨今の左巻きのクサレ外道的新聞報道やその姿勢には、心底反吐が出るほどの嫌悪感を持っているが、花火大会云々は、是々非々でいい。極めて、いい。それと、若いって、更にいい。

我々は、若くはないので花火は見ず、ハズレ店も引きながら、繁華街を数軒流れて、目の前にあった寿司屋へ入った。ホント偶然入ったのだが、どういう訳かこの寿司屋の名前には、どことなく見覚え、聞き覚えがあった。

ちょっと考えて出た結論は、
どうやら、子供の頃、父親がちょくちょくオミヤで持ち帰ってくれた寿司屋らしい、ということだった。一夜経つイクラの軍艦のノリは、もはやパリパリではなかったけど、朝ごはんに寿司折を食べるのは、王族になったようで、とても嬉しかった(王族はそんなもの喰わんけどね)。

記憶をたどり、
そんな思い出を女将(閉店直前だったのか、あまりかまってくれない感じ)に話してみると、この店、当時は、けっこう敷居の高い店で、一見の客は入れなかったそうだ。客層もそれなりにエラい人ばかりだったそう。

うちのオヤジがエラかった、なんてハナシは一切聞いたことがなかったけど、どうやらこんな店に来てたらしい。そういえば俺もこの店に何回か連れてきてもらったことがあるような気がする。今度、両親に確認してみよう。

生来、私には寿司の味なんかをつべこべ言う趣味はないが、この寿司は、とても美味かった。同席の旅仲間に聞いても美味い、といっていたが、私には特に思い出補正が入っていたのかもしれない。

3日目の早朝、晴れ。よく眠れた。
今日も、昨日の朝の決意のとおり、昔住んでいた方向へ散歩してみる。
今回は太い道ではなく、裏道のような細い道を歩いてみようと思う。ちょっとした冒険だ。

細い道をやみくもに歩いてみると、
級友アツシの両親が管理人をしていたコミセンに出くわした。こんな場所だったっけ?そうかな。そうなんだな。建物も当時のままか。近くで見ると、やはり劣化している。意外に小さい建物だったんだな。これも子供視点から大人視点に俺が変化したためなんだろう。そしてむろん、アツシ一家はもうここにはいないのだろう。

タラタラと歩き続けると、
これまた急にインちゃんが住んでいた家の付近に。そこは国の林業関係の事務所だったはずで、敷地内に併設された一軒家にインちゃんは住んでいた。俺と同じ時期に転校してきて、当初は同じクラスで仲は良かったはず。彼も野球をやっていて、俺とは別チームに属していた。クラス替え以降は接点が減り、エラそうなコマッシャクれたガキ、という印象しか残っていない。残酷な少年の記憶だな。今は事務所はボロボロで、一軒家は跡形もなくなっていた。

やがて、M指圧店が出てきた。
当時はこんな場所にはなかったはずだが。移動したのだろうか?記憶が曖昧だな。俺の2コ上くらいの息子がオヤジさんとそっくりの顔だったのを思い出した。今はその息子が継いでるのかな?入る勇気はないけどな。

あてもなくそのまま歩き続けると、
おしゃれな大きな邸宅が現れた。5月に来た際に、小学校の先生から伺っていた、いまもここらに住む旧姓Sさんのお宅らしい。

いやらしい関係ではないけど、
俺とSさんは、小5小6で同じクラス(母校で卒業アルバムを見たのだから間違いない)、中1では隣のクラスだった(はず)。当時、何かにつけて「お前ら付き合ってるのか?」と周りから聞かれることが多かった。そのたびにガキっぽくチカラを込めて否定していたが、そんなことを匂わす言動が互いにあったのだろうか?Sさんは賢くて、字のきれいな娘だった。そして明るい娘だったと思う。

たしかにその頃の俺は、
Sさんに対して少なからずモヤモヤした思いがあった。気になる存在だった。双方向じゃない淡く一方的な思いだったのか?今となっては確かめようもない。しかし、あのまま転校していなかったら、いずれ俺のメーター(欽ちゃんの仮装大賞の20点満点の棒のイメージ)は、合格ラインを超えていただろう。(よくわからんたとえだ)。とにかく、小6の頃の俺は、まだまだウブだった。当時どうやって子供ができるのかも知らなかった。この頃の俺らは、楽曲で言えばきっと「メロディ・フェア」(BYビージーズ)みたいなもんである。そう、小さな恋のメロディ(旧姓Sさん、勝手に巻き込んでごめんなさい)。

遠巻きにぼんやり見ていると、開いている窓から人の気配がして、誰かが玄関から出てくるような音がした。これじゃストーカーだな、と苦笑しながら、その場を離れ、ゆっくりと歩き出す。

きっと幸せな家庭を築いているのだろう。

思い出は美しいままのほうがいい。


写真は、アツシがいたコミセン。字が剥げているところに時代の経過を感じる。

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