2013年8月9日金曜日

お盆の時期

七月の仕事の後始末に、ようやくメドがついた。

気がつけば、世間はお盆休暇の時期に入っている。
私も今週土日合わせて四連休が取れる見込みだ。恒例の墓参りに出向き、本家筋に一泊する以外は、全く予定がない。横になり、たまっている本をダラダラ読みながら、ゆっくり休みたい。そういえば、昨年の今頃は温水器が壊れて大変だったな。

先週末、久しぶりにドライブ旅に出てきた。
積丹半島を巡り、ウニをはじめとした海産物をたらふく食べてきた。
新鮮で美味いことは確かにそうだが、ひたすら普通に値段が高いことに驚いた。ススキノあたりと値段が変わらないほどだ。

浜値はお得だ、なんてよく聞く話だが、個人的にはこの時期に限ればありゃウソだ、と思う。浜の母さんたちは、したたかだし、この季節が一番の勝負の時期なのだから、多少ふっかけていたとしても、まあ当たり前なのか。高いって。

昔からの言い伝えでは、十三日から地獄の釜が開き、十六日に閉まる、それがお盆だ、という話だっただろうか。

つとめておとなしくしていよう。

2013年8月6日火曜日

新聞をやめた理由(わけ)

新聞をやめて2ヶ月ほどが経った。

もっと不便なものかと思っていたが、全く苦痛がなく、健やかな日々を送っている。

メジャーな新聞でいうと、昔から
朝日は左、産経は右、毎日が左、読売は右寄りと区分され、北海道のローカル新聞である道新は左、とされている。

各紙を読んでいくと、実際そのような区分や色を感じるが、
私自身は各社の癖というか、社風、書きっぷりには全く興味がなく、右でも左でも一向に構わないし、右だったものが急に左になるとしてもそれは面白いことだと思っている。ただ、オール右、オール左、という寡占状態が形成されたら、ちょっと怖いなとは思う。そして、知らぬうちに、洗脳されるが如く、読んでいる新聞の色によって、自分で決めている風情で社会への認識を決めていくことも怖いと思う。

ツラツラと書いてきたが、
私が新聞をやめた理由は、そんな思想的なものではない。もっと原始的なもの、ズバリ喧嘩であった。6月、会社で行っている某事業の取材を受けたときの話だ。

会社の結論としては、すでにAと決定し、社会的にもそのようにPRしていたところ、新聞記者がやってきて「その結論はおかしい、Bとするべきでないのか」と何故か上から目線で迫ってきた。

いかにも俺が正義だ、とでもいわん態度の記者、挑発的な言動。
これが彼らの手法だとわかっていたが、私はあえてその挑発に乗り、ちょっとした論争になった。
全盛期の猪木氏なら、確実に手が出ていただろう。それくらいの喧嘩腰。

翌日の紙面には、案の定、事実関係を無視した記者の署名入りの妄想記事が掲載された。
結論ありきのハメコミのような内容に、私は苦笑するしかなかった。8181道新に「困ります」と電話してやろうかと思ったほどだ。とにかく、曲解報道すぎるのだ。

こいつら記者に何の権限があるのだ?
お前ら、万能の神なのか?
社会の正義は、常にこいつらが握っているのか?
貴様ら何様だ?
うわーキモチワリー。

即日、私は新聞をやめた。二度とこいつらの新聞は取らん。

僅かながら支障があるとすれば、お悔やみ欄とチラシが見られないこと。
それでも、なきゃないで、全然問題なし。

とにかく清々した。
記者と喧嘩したのも、結果オーライだった。

2013年8月2日金曜日

新しい時代

ようやく、タイトな一ヶ月の勤務が終わった。
またボチボチ更新していきます。

それにしても、当初から覚悟はしていたが、休暇が1日もないというのは、普段ぬるま湯に浸かっている私にしてみると、久々にシビレる体験だった。

それでも、たしかに難儀する仕事ではあったが、この年代になり、いくらか経験値が高まったことで、生活のすべてが仕事に搾取されるようなことはなかったし(10年以上前、同様の職務で私は仕事に気を取られ過ぎて、心身のバランスを崩し2ヶ月の療養生活を送ったことがある)、知らずに図太くなっていたのか、交渉先を力でねじ伏せるような荒業も多用した。悪い政治家みたいだな。

また、年齢に相応した職階となり、自分がボールを常に持って先頭を走るというよりは、1列ひいたところから、あがってくる成果を待つ、という役回りが大幅に増えた。

はからずも滝沢賢治(スクールウォーズ主人公。何代目かの食いしん坊ばんざいの人)の名言「信じ、待ち、許す」ことを随分と体感することになった。好きな言葉ではないが、私の部下は最前線で相当に苦労したと思う。よく乗り越えてくれた。ありがとう。

そんなこんなで、早朝からマイパソコンを久々に開き、この文章を打っている。

今回の仕事は、詳細は書ききれないが、
結果として、うちの会社のトップの交代を招くことになった。
誰かが粗相したわけではなく、トップとしての寿命が尽きて、新社長をお迎えすることになったのだ。10年以上、良くも悪くも我々社員を率いた社長は、晴れやかな表情でたくさんの花束を受け取り、退いていった。ホント良いことも悪いこともたくさんあった。好き嫌いに関わらず、その積み上げが、思い出ってもんなんだろう。

また、新しい時代がはじまる。
「社長は、神様のように公平でなければならない。」(源氏鶏太)

新社長、よろしく頼みますよ。